大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)6716号 判決 1985年4月30日
原告
加藤武司
右訴訟代理人
高藤敏秋
鈴木康隆
早川光俊
被告
松井整形外科こと
松井善邦
右訴訟代理人
米田泰邦
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金五二〇〇万円及び内金五〇〇〇万円に対する昭和五五年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 右肩鎖関節脱臼事故の発生
原告は、昭和五五年九月二八日、住吉区体育厚生協会主催の柔道大会に出場し、試合中右肩を強打し、同日訴外門脇接骨院において右肩鎖関節脱臼と診断された。
2 被告の診断と手術
(一) 翌二九日、原告は右門脇接骨院の紹介により、被告の診断を受け、右肩鎖関節脱臼の手術を翌三〇日に行うことになつた。
(二) 翌三〇日午後一時から同二時三〇分までの間、被告は原告の右脱臼整復手術を実施した(以下「第一手術」という。)右手術は、鎖骨と肩甲骨とを二本のキルシュナー鋼線(以下「Kワイヤー」という。)で接合する内容であつた。
(三) なお、右手術前の血液検査においては、原告の肝機能指数が高く、GOT七八(正常値八から四〇)、GPT六五(正常値五から三五)、血糖値食後一五〇分で三四二(正常六〇から一一〇)に達していた。
3 第一手術後の経過
第一手術後の経過は以下のとおりである。
(一) 同年一〇月一日(手術の翌日)、被告は患部の整復状態をレントゲン写真で確認した上、ギプスを装着。
(二) 同月七日、ギプスの右肩上部を切除して抜糸。
(三) 同月八日、原告退院。
(四) 同月一四日、被告はギプス切除を勧めたが、原告は早過ぎると考えてこれを拒絶。
(五) 同月一七日、被告の再度の指示によりギプスを切除。この際、被告は、原告に対し、ギプス切除が早過ぎたら責任をとる旨断言した。
(六) 同月二〇日から三〇日までの内の七日間、被告の指示により理学療法によりリハビリテーションを行う(以下「本件リハビリテーション」という。)。右は主として無資格の訴外川口学(以下「川口」という。)により行なわれた。その内容は、初期は腕を他動的に前後に運動させ、同月二三日からは腕を前後左右に、更に同月二七日から腕を回転させるというものであつた。この間原告は、二四日にはKワイヤーで鎖骨を割るような感じを受け、二八日には腕が上がらなくなり、二九日にはリハビリ運動中に右肩部がガリガリと音がするようになり、また接合部に熱を帯びてきた。
(七) そこで同月三一日、レントゲン写真で確認すると、右肩鎖関節が再脱臼していることが判明した。被告は、原告に対し、信用にかかわるから費用は被告負担で再手術をさせるよう申し出たので、原告もこれを了承した。
4 第二手術とその後の経過
(一) 被告は、同年一一月四日午後一時二〇分から同二時四五分までの間、第二回目の整復手術を実施した(以下「第二手術」という。)。右手術内容は、第一手術と同様のものであつた。
なお右第二手術に際しては血液検査は行なわれなかつた。
(二) 同月五日、レントゲン写真で見ると既に鎖骨が若干浮上していた。
(三) 同月六日、原告は右肩付近に熱と痛みを、右手薬指、子指に痺れを感じるようになつた。
(四) 同月七日、八日にレントゲン写真を撮り右鎖骨外縁下面のKワイヤー挿入部に骨折が生じていることが判明した。
(五) 同月一〇日、被告は訴外吉田医師、同岩佐医師の協力を求め、従前のギプスを切除し、新たに原告の上半身を被うギプスを装着した。この際被告は自らの過誤を自認した。なお、同日の原告血液検査ではGOT一一四、GPT一七三、血糖値食前二四九、食後六〇分で三五一に達していた。
(六) 同月一五日、被告は訴外市川医師と共に三度目の手術(ねじくぎで破損している鎖骨と肩甲骨とを接合するもの)を勧めたが、成功を必ずしも保証できないこと、内臓検査の結果肝臓が全身麻酔に耐えられないことが判明したことから、手術は実施できなかつた。
(七) 同月二七日、ギプスを切除し、同月二九日、原告は退院した。それ以後リハビリテーションのため原告は被告方に通院し、その間の同年一二月三一日Kワイヤーを抜去したが、昭和五六年六月一二日、被告は原告の治療を打ち切つた。なおその際、被告は、原告に対し、賠償する旨約した。
(八) その後、昭和五六年六月一六日、原告は、訴外阪和病院、同安井クリニックより、右肩鎖関節の再手術不可能の診断を受け、労災等級第一〇級の九の後遺症が残り現在に至つている。
(九) また、原告は同年一〇月三〇日、糖尿病性網膜症の診断を受け、更に昭和五七年一月末頃から連続五回も倒れ、同年二月一六日から同年三月二〇日まで上小脳動脈閉塞症、糖尿病、慢性肝炎で入院し、その後も通院しているが、小脳失調、感覚障害、歩行障害の後遺症が残り、昭和五八年五月一〇日、身体障害者等級表三級、国鉄運賃減額一種の認定を受け、現在に至つている。
5 被告の責任
被告の診療契約上の債務不履行ないし不法行為としての過失の内容は次のとおりである。
(一) 肩鎖関節接合を不能にした点
(1) 第一手術に関して
(イ) Kワイヤーにより右鎖骨外縁下面の骨折またはひび割れを生じさせ、更に靱帯を修復せずに除去して、右肩鎖関節の再度の脱臼を生ぜしめた。
(ロ) 第一手術後、右肩鎖関節部分が安定するまで十分ギプスで固定させていなかつたことにより、再度の脱臼を生ぜしめた。
(ハ) 第一手術後のリハビリテーションにおいて無資格者を使用して不適切な運動を行ない、再度の脱臼を生ぜしめ、また鎖骨外縁下面骨折を生ぜしめた。
(2) 第二手術に関して
Kワイヤーにより右鎖骨外縁下面の骨折を生ぜしめ、再々度の右肩鎖関節脱臼を生ぜしめた。
(二) 説明義務違反
被告は、第二手術も第一手術同様Kワイヤー二本の挿入による方法を採用したが、この方法は極めて成功率が低いにも拘わらず、その点の説明を何ら原告に対して行なわないまま実施し、原告は全身麻酔による身体の危険、手術その他の治療による苦痛を受け、その治療も長期に及んでいる。
(三) 肝機能障害、糖尿病の悪化について
被告は、第二手術に際し、血液検査を行ない、肝臓指数、血糖値を測定して、手術の適否、ギプス固定の安全性を確認すべきであつたのにこれを怠り、血液検査を行なわないまま全身麻酔による第二手術を実施し、昭和五五年一一月一〇日には原告の上半身全体を被う締め付けギプスを装着させ、肝機能障害、糖尿病を悪化させた。
6 損害合計金九九六九万四九六〇円
(一) 休業損害 金八八〇万円
(二) 入・通院慰藉料 金二五〇万円
(三) 入院雑費 金四万九〇〇〇円
一日当り 金一〇〇〇円
(四) 付添費(妻による) 金二五万八〇〇〇円
一日当り 金三〇〇〇円
(五) 通院交通費 金五万五五〇〇円
阪和記念病院まで往復 金一五〇〇円
日数 三七日間
(六) 治療費 金四〇万五八二〇円
(七) 後遺症による損害 金八五六二万六六四〇円
(1) 慰藉料 金一〇〇〇万円
(2) 逸失利益 金七五六二万六六四〇円
(八) 弁護士費用 金二〇〇万円
7 よつて、原告は、被告に対し、債務不履行または不法行為に基づいて、前記損害額のうち金五二〇〇万円及び弁護士費用を除く金五〇〇〇万円に対する昭和五五年一〇月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び主張<以下、省略>
理由
一請求原因1のうち、原告が柔道の試合中に右肩鎖関節脱臼の負傷をしたことを除く事実、同2(一)、(二)、同3(二)、同3(五)のうち、昭和五五年一〇月一七日に被告が原告のギプスを切除したこと、同3(六)のうち、被告が原告に対し本件リハビリテーションを行なつたこと、同3(七)、同4(一)のうち、被告が同年一一月四日に第二手術を実施したこと、同4(二)、同4(四)のうち、同月七、八日にレントゲン写真で確認すると原告の右鎖骨外縁下面に骨折を疑わせる所見のあつたこと、同4(五)のうち、被告が同月一〇日に原告に再度ギプスを装着し直したこと、同4(六)のうち、被告が同月一五日に原告に対し三度目の手術を勤めたこと、同4(七)のうち賠償の約束を除くその余の事実はいずれも当事者間に争いがない。
また、請求原因2(三)、同3(一)及び同4(一)のうち第二手術の際には血液検査が行なわれなかつたことについては、被告は明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。
二右各事実及び<証拠>を総合すれば次の各事実を認めることができる。
1 原告は、昭和五五年九月二八日、住吉区体育厚生協会主催の柔道大会に出場して訴外桝野幸彦と対戦中、両者共に転倒し、その際、右肩付近を強打して右肩鎖関節脱臼の負傷をした。そこで右大会の役員経営の訴外門脇接骨院において受診し、右肩鎖関節脱臼の診断を受け、冷湿布の応急処置を受けた。
2 翌同月二九日、原告は、右門脇接骨院の紹介により被告に受診した。被告は、外表検査、レントゲン写真により右肩鎖関節脱臼と診断した。右脱臼の程度は、肩鎖靱帯と烏口鎖骨靱帯の両方が断裂する完全脱臼であり、外見上右鎖骨が突出し、レントゲン写真では靱帯断裂に伴う剥離骨片が見られ、烏口突起と鎖骨下縁との最短距離(以下「C・C・D」と略す。)は約一六ミリメートルであつた。なお、健側の左骨鎖関節におけるC・C・Dは約八・二ミリメートルであり、やや亜脱臼傾向を示していた。
3 右同日、被告は翌三〇日に外科手術を行うこととし、原告の全血検査のため、血液尿を採取し、訴外日本医学臨床検査研究所へ検査を依頼した。翌同月三〇日、検査結果が報告され、その内容はGOT七八、GPT六五、血糖値食後一五〇分で三四二mg/dlであつた。
4 被告は、右検査結果を検討の上、同日午後一時から同二時三〇分までの間、原告の右肩鎖関節脱臼の手術(第一手術)を実施した。右手術方法は、フェミスター法と言われるもので、全身麻酔を施した上、肩鎖関節を中心にS字状の切皮を加え、肩鎖関節周辺の靱帯の損傷・脱臼状態を確認し、鎖骨を圧迫して脱臼の整復を確認した上で、肩峰から鎖骨に二本のKワイヤーを交叉するように挿入して固定するものであつた。
5 同年一〇月一日、被告は、原告の患部の整復状態をレントゲン写真で確認した上、右腕を外転七〇度にしてギプス固定した。右レントゲン写真によれば、Kワイヤーの一本は鎖骨骨髄を貫通し、他の一本はこれと交叉する形で、その先端は鎖骨下辺の骨皮質に侵入しており、C・C・Dは約七・五ミリメートルと極めて良好に整復されていた。
6 その後、被告は、同月七日、ギプスの右肩上部を切除して抜糸した上、原告を退院させ、同月一三日、原告が右手第四、五指の痺れを訴えたため、ギプスによる障害によるものかと考えたこともあつてギプス除去を勧めてみたが、原告が早過ぎるとして拒絶したため、ギプス除去は三、四日後に行うこととした。
7 そして同月一七日、被告はギプスを除去した上、レントゲン写真で患部の整復状態を確認したところ、鎖骨がやや浮上してC・C・Dは約八・二ミリメートルに拡大し、Kワイヤーの一本は脱出し、他の一方は下方向にたわみ、また両方とも手術直後の状態から回旋していた。被告は、右原因を考え、原告に安静にしているかを問うたところ、原告は特に無茶なことはしていない旨答えた。被告は原因につき他に明確なものは思い当たらず、なおKワイヤー一本により固定の効果もあつたので、そのまま固定するかもしれないと考え、以後軽度のリハビリテーションを行つて経過を観察することにした。
8 同月二〇日から三〇までの間、被告は、大阪府立盲学校理学療法科教諭で理学療法士である訴外西本東彦(以下「西本」という。)に指示して原告の肩関節、肘関節の軽度のリハビリテーションを実施した。西本は、当時被告方にアルバイトとして雇用され、理学療法士資格を有しない大阪府立盲学校生徒の訴外川口学にも指示して原告のリハビリテーションを行なわせた。
9 同月三一日、被告がレントゲン写真で原告の患部を確認したところ、鎖骨は更に浮上してC・C・Dは約一〇ミリメートルに拡大し、Kワイヤーの一本の脱出、他の一本のたわみの程度も大きくなつていたため、被告はリハビリテーションを中止し、原告に対し、再脱臼したことを伝え、再手術を申し出た。
10 そこで、同年一一月四日、被告は、訴外吉田医師の介助を得て第一手術と同じ術式で第二手術を実施した。右手術により、原告の患部はC・C・D約一一・五ミリメートルで整復された。
なお、右手術前には血液検査を行なわなかつた。
11 翌同月五日、被告はレントゲン写真で整復状態を確認した上、第一手術後のギプスよりやや短いギプスの固定を実施した。この時のC・C・Dは約一二ミリメートルであつた。
12 同月七日、被告がレントゲン写真で整復状態を確認したところ、鎖骨端が上方に上がつて鎖骨が浮上し、C・C・Dは約一四ミリメートルに拡大していた。これを見て、被告は、原告がギプスの中で右肩を動かしているのではないかと疑い始めた。翌同月八日のレントゲン写真では、Kワイヤーの鎖骨への挿入口の位置が同月四日の位置より下にあるように見え、その下には骨折片らしい影像が見られ、被告はKワイヤー挿入口部分の骨折を疑つた。
13 そこで、被告は、原告が肩を動かしているとの疑いを強め、同月一〇日、右肩甲骨を動かせないようギプスをより固定力の強いように装着し直した。右再装着によりC・C・Dは約一二ミリメートルになつた。なお、同日に行なつた原告の血液検査の結果は、GOT一一四、GPT一七三、血糖値は食後六〇分で三五一mg/dlであつた。
14 同月一五日、被告は訴外市川医師とともに、原告に対し、再々度の手術を勧めたが、原告はそれにより原告の右肩鎖関節が完治する旨の一筆を書くよう要求したため、被告がこれを拒否し、結局手術の実施には至らなかつた。その後、被告は、同月二五日、原告に対し同月二九日までに退院するよう指示し、同月二七日にはギプスを切除してリハビリテーションを開始し、同月二九日には原告を退院させて通院に切り換え、同年一二月三一日Kワイヤーを抜去し、昭和五六年六月一二日原告に対する治療を打切つた。この間、ギプスを再装着した昭和五五年一一月一〇日以後はC・C・Dは拡大することなく昭和五六年一月五日以降は約九・五ミリメートルで固定した。なお、原告の昭和五八年七月二一日時点での残存障害は別紙残存障害一覧表記載のとおりであり、これは労働災害身体障害等級表第一二級に該当する。
15 なお、原告は、昭和五六年一〇月三〇日、訴外乾医師により糖尿性網膜症の診断を受け、また、同年二月一六日から同年三月二〇日まで小脳梗塞で入院し、現在も上小脳動脈閉塞症、糖尿病、慢性肝炎に罹病している。
三被告の責任について
1 第一手術に際し、Kワイヤーにより右鎖骨外縁下面の骨折またはひび割れを生じさせたとする点(請求原因5(一)(1)(イ)前段)について。
前示二12で認定したとおり、昭和五五年一一月八日のレントゲン写真に原告の右鎖骨骨折を疑いうるような所見があるけれども、実際に右骨折が存するものと断定することはできない。もとより以前に骨折が生じたと認めるに足りる証拠もない。むしろ前示5で認定したとおり第一手術直後は原告の右肩鎖関節は極めて良好に整復されていたから、Kワイヤーの固定力は十分に働いており、従つて右固定力を阻害する鎖骨の骨折、ひび割れはなかつたものと認めるのが相当である。
2 第一手術の際、被告が靱帯を修復せず切除したとの点(同5(一)(1)(イ)後段)については、原告本人尋問の結果にはこれに沿う供述があるがにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
3 第一手術後のギプスの除去が早過ぎたため再脱臼したとする点(同5(一)(1)(ロ))について。
前示二7の通り、被告が第一手術後のギプスを除去した昭和五五年一〇月一七日には既にKワイヤーの一部脱出、たわみ、回旋及び鎖骨の一部浮上が認められるから、再脱臼はギプス除去前に生じたものと認められ、右主張は到底採用できない。
4 第一手術後のリハビリテーションの適否(同5(一)(1)(ハ))について
(一) 前示二8で認定したとおり、被告は理学療法士資格を取得していない川口を原告の右リハビリテーションに従事させたが、川口の行なつたリハビリテーションにより再脱臼や、鎖骨外縁骨折が生じたものと認めるに足りる証拠はない。即ち、<証拠>よれば、リハビリテーション中に右鎖骨が異常音を発し、鎖骨先端部に熱を帯び、そのことを原告が被告及び川口に対し訴えたというのであるけれども、<証拠>によれば、右両名はそのような訴えは聞いていないことが認められ、さらに、右各証拠及び鑑定の結果を総合すれば、被告は理学療法士西本に対し、原告が右肩鎖関節脱臼をしてKワイヤーを挿入してあること、リハビリテーションとしては肘、肩関節の自他動(但し肩は前拳(ママ)のみ)、その後肩関節の外転・内外旋各一〇度までの軽い運動をさせることを指示したこと、西本は週一回川口と共にリハビリテーションを行ない、また川口に指示して別に週一回行なわせたこと、そして川口は西本の指示を遵守してリハビリテーションに従事したものであることが認められるから、これらの事実に照らすと、<証拠>、原告本人尋問の結果はただちに採用できないところである。
5 以上のように、第一手術後に原告の右肩鎖関節が再脱臼した原因につき原告の主張はいずれも否定されるところであるが、<証拠>によれば、肩鎖関節は肩甲帯の運動に関与する構成部分の一個であり、他の諸関節や骨の動きに連動するものであること、従つて、頸の大きな力、反対側上肢の過剰な運動があれば、Kワイヤー及びギプスで固定していても、その運動によりKワイヤーが脱出、彎曲、回旋して再脱臼を惹起することがありうることが認められるところ、更に、<証拠>によれば、原告は、第一手術後に退院した直後の昭和五五年一〇月九日、姉である訴外加藤登美子と電話で口論して興奮し、自宅から自動車を運転して右登美子方に押しかけ、同人に入室を拒絶されるや植木鉢を叩き割り、ゴミ箱を投げつける等粗暴な行動をとつたことのほか、同月一六日には和歌山県久度山近くに旅行したことなどが認められる。従つて、前記再脱臼は原告がギプス固定を受けているにかかわらず、安静にしていなかつたことに起因するものではないかと強く疑われるところである。
もともと、本件の場合、患者への治療はKワイヤーにより肩鎖関節を整復、固定させて以降は、患者本人の体力の回復、靱帯の再建等により関節の自然固定を待つ以外は、補助的に関節拘縮に対するリハビリテーションを行なう程度にとどまるものであつて、術後はギプスの装着による肩の動作制限もあり、ギプス除去後も一般には安静第一として回復を待つべきことは患者たる原告において十分認識できたところというべく、前示第一手術後の経過に照らせば、被告は医師としてなすべき義務は尽していたというのが相当である。
6 第二手術に際しKワイヤーで鎖骨外縁下面を骨折させ再々脱臼を生じさせたとする点(同5(一)(2))について。
(一) 第二手術直後の昭和五五年一一月八日のレントゲン写真によつても骨折が生じたことまでは認定できないこと前示三1のとおりである。
(二) また骨折が生じたとしても、証人大石の証言、被告本人尋問の結果及び鑑定の結果を総合すれば、第二手術は原告が受傷して三七日経過しているから陳旧例の整復手術となること、陳旧例の場合は患部に軟部組織の増殖、介入があり整復操作が困難となること、しかも、第二手術は第一手術実施後に同一部位に同様の手術式をもつて行なうものであるから、その整復はより一層困難となること、そのため、被告は訴外吉田医師の介助を求めて第二手術を実施し、その際、整復状態を肉眼及びレントゲン写真で経時的に確認して慎重を期したことが認められ、右事実からすれば、原告の右肩鎖関節が昭和五五年一一月七、八日頃再々脱臼傾向に陥つた原因としては、第二手術において必然的に発生する右解剖学的悪条件が重大な影響を及ぼしているものと解される。加えて、後記7において認定するように、被告は原告に対して陳旧例の手術式として鎖骨外側切除術が比較的に成績が良好である旨を告げ、第二手術にあたつては右術式の説明をしたところ、原告において右術式によることを拒んだため第一手術と同一の術式によらざるを得なかつたものであつて、かかる事情のもとでは、被告は原告の治療にあたつて医師としての義務を果しているものというべく、原告に対して債務不履行若しくは不法行為の責任を負うべきいわれはない。
7 第二手術に際する説明義務違反の主張(同5(二))について。
右6(二)のとおり、第二手術は陳旧例の手術となり、かような手術における整復成績はあまり良好ではないことが認められる上、<証拠>を総合すれば、被告は第二手術に際し、右事実を原告に説明しなかつたことが認められる。しかしながら、以下の事実からして、被告に説明義務違反というべきものはなかつたというべきである。即ち、同証拠によれば、肩鎖関節の完全脱臼の治療方法としては保存的療法と手術的療法に大別されること、保存的療法は手術をした場合に術後の骨及び靱帯の修復が非常に遅れることが予想されるときに採用されること、本件第二手術の場合には右のような障害はなく、手術的療法を採用したこと自体は適切であつたこと、手術的療法の手法は数多いが陳旧例の手術術式としては鎖骨外側端切除術が比較的に成績が良好であること、そして、被告は、第二手術の際、原告に対し右の鎖骨外側端切除術もあることを説明しその採否を打診したが、原告がこれを拒否したため第一手術と同じ術式を採つたことが認められ、右事実からすれば、被告は第二手術に際してなすべき説明は十分に行つていたものというべきである。
7 肝機能障害、糖尿病の悪化の主張(同5(三))について。
前示二15、10のとおり、原告は上小脳動脈閉塞症、慢性肝炎、糖尿病に罹病していること、被告は第二手術の際には血液検査をしなかつたことが認められるが、前示二3、4のとおり、被告は第一手術の際には原告の全血検査を行なつたことが認められ、<証拠>及び鑑定の結果によれば、右検査結果の数値からして、第一手術で全身麻酔をしていたとしても、第二手術で再度全身麻酔を実施しても肝機能に多大な障害を与えるものではなかつたことが優に認められる。また同証拠によれば、全身麻酔は糖尿病には関係がなく、また昭和五五年一一月一〇日に再装着したギプスが糖尿病、肝機能には何ら見るべき影響がないことも十分に認められる。<証拠>によれば、もともと原告は昭和四五、六年頃から慢性肝炎、糖尿病に罹病していることが認められ、被告の治療行為によりこれが悪化したとの原告の主張は到底採用に値しないところである。
四以上によれば、被告が原告に対し第一及び第二手術などにつき債務不履行もしくは不法行為の責任を負うべきいわれはなく、原告の請求はその余を判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(小北陽三 牧 弘二 塩川 茂)